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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)10511号 判決 1994年10月18日

原告

丸目三郎

被告

中村重敏

主文

一  被告は、原告に対し、七二万九六九五円及びこれに対する平成三年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、七九七万九四二〇円及びこれに対する平成三年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交差点において、普通貨物自動車に後続の普通貨物自動車が追突し、被追突車の運転者が負傷した事故に関し、右被害者が追突車の運転者を相手に民法七〇九条に基づき、損害賠償を求め、提訴した事案である。

一  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成三年九月二日午後五時四五分ころ

(二) 場所 大阪府吹田市山田南一六番七尾交差点(以下「本件事故現場」ないし「本件交差点」という。)

(三) 事故車 被告が運転していた普通貨物自動車(大阪四〇り六五六八、以下「被告車」という。)

(四) 被害車 原告が運転していた普通貨物自動車(大阪四〇や四五二二、以下「原告車」という。)

(五) 事故態様 本件交差点において、原告車に後続の被告車が追突し、原告が負傷したもの

2  治療費

本件事故による治療費として、原告は、六万三六〇〇円を自ら負担し、後記自賠責保険支払分である三〇万〇二六〇円を負担した。

3  損益相殺

原告は、本件事故による損害の填補のため、自賠責保険から、治療費として三〇万〇二六〇円、その他八六万九七〇〇円、合計一一六万九九六〇円の支払いを受けた(後者につき甲一一)。

二  争点

1  過失相殺

(被告の主張)

原告は、信号機の設置されていない交差点において、左右の安全を確認しないで発進し、その直後に急制動をかけた。被告は、これを予測することは困難であつたから、原告にも五割の過失がある。

2  原告の受傷の有無、要治療期間

(一) 被告の主張

本件追突事故は、極めて軽微な事故であり、原告車・被告車とも追突後約〇・二メートル前進して停止しており、原告車は、後部に擦過痕がついた程度であり、被告車は、前部が少し凹んだ程度である。

原告の主訴は、本件事故から四日後は、左上肢が腫れぼつたい感じとのことであるが、同事故から三か月後には左上肢の腫れが引いたのに、両上肢の握力がなくなつたとされており、不自然である。原告は、頭部、頸部、腰部のX線検査、頭部のCT検査を受けているが、特に異常所見の記載はない。神経学的検査、筋電図、誘発筋電図、サーモグラフイー等の他覚的検査がされていない。治療内容は、頸・腰部の介達牽引、ホツトパツク等が漫然と繰返されているだけである。

原告は、本件事故前の昭和六三年一月二八日から糖尿病により、吹田市民病院に一か月に一度の割合で通院し、同病の治療薬であるSU剤、ダオニール各一か月分の投与を受けていた。原告は、本件事故の治療を受けていた末原外科病院では、吹田市民病院で糖尿病の治療を受けていることを隠し、逆に、吹田市民病院では、交通事故により末原外科病院で治療を受けていることを隠していた。

原告は、かつて一三〇キログラムあつた体重が、本件事故前、既に七八キログラム以下に減少していた。同事故後、アルドメツト(血圧降下剤)、アルダクトン(降圧利尿剤)、ワイテレンス(高血圧治療剤)、ナデイツク(高血圧狭心症、不整脈治療剤)の投与を受けていた。本件事故直後、原告の妻は、医師に対し、盗み食いをしていると言つており、食事療法を受けていた可能性が高い。平成四年八月一四日には、右頭痛と言語障害、複視のため、一過性脳虚血発作と診断され、パナルジン(抗血小板剤)が処方された。

糖尿病は、神経障害を合併する蓋然性が高い疾患である。同障害の症状としては、異常知覚(しびれ感)、自発痛、神経症、尺骨神経麻痺、腓骨神経麻痺等がある。

したがつて、原告は、本件事故により受傷しなかつたのに、以前から存した糖尿病の合併症としての神経症状を、他覚的所見のない鞭打ち症に仮装して症状を訴えているものである。

(二) 原告の主張

原告は、本件事故前から糖尿病の治療を受けていたが、同事故前、頭痛、言語障害、複視を訴えることはあつても、頸部痛、左上肢の倦怠感、握力の低下その他本件事故後に現れた神経症状は出ていなかつた。

本件追突により、被告は、実況見分調書により、原告車は〇・二メートルしか前進していないと主張するが、同実況見分は、原告が立合わず、被告の指示のみで作成されたものであり、信用できない。原告の症状が他覚的所見に乏しいことは、受傷内容からみてむしろ自然であり、被告の主張は理由がない。

3  その他損害額全般(原告の主張額は、別紙計算書のとおり)

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  事故態様等

前記争いのない事実に加え、証拠(甲二、一三、検乙一の1ないし10、二の1ないし6、原告、被告)によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、別紙図面のとおり、東西に通じる片側一車線(片側幅員約六・二ないし六・六メートル)の道路(以下「東西道路」という。)とほぼ北北東から南南東に通じる道路(幅員約四・三メートル、以下「本件道路」という。)との交差点北詰の手前にある。本件道路に対し、東西道路は、優先道路の関係にある。同交差点は、市街地にあり、交通は普通であり、付近のカラオケルーム、ガソリンスタンド、商店の照明により夜間でも明るく、信号機による交通整理は行われていない。

本件道路は、北北東から本件交差点へ向かい一方通行であり、同交差点の手前に一時停止の標識があり、速度は時速四〇キロメートルに規制され、南へ向かい一〇〇分の一の下り勾配となつている。同道路の路面は平坦であり、アスフアルトで舗装され、本件事故当時乾燥していた。

原告車と被告車は、それぞれ別紙図面<ア>、同<1>で一時停止し、その後、原告車は発進したが、東西道路東行車線を東進する車両があつたため、約一・七メートル前進して同図面<ウ>で再度停止した。被告は、発進後、約二・六メートル前進した同図面<2>で原告車が停止したことに気付き、急制動の措置を講じたが間に合わず、低速度ながら、同図面<3>で自車前部を原告車後部に追突させ、同車を約数十センチメートル前方に押出して停止させた。

右事故により、原告車には、デイストリビユーターアツシ、ハイテンシヨンコード等が破損し、部品代一万一〇〇〇円、工賃一〇〇〇円を要する軽微な損傷が生じた。

なお、右認定事実中、原告車が前方に押出された距離につき、原告は約七〇センチメートル、被告は約二〇センチメートルと供述しているところ、そのいずれであるかを厳密に確定し得る証拠はないが、いずれにせよわずかな距離であることは異ならないので、前記のとおり認定する。

2  右認定事実によれば、被告には、原告車に引続き発進するに際し、原告車の動静を十分に確認し、的確な車間距離をとりつつ発進すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失があり、原告には、被告車の前方車として発進するに際し、南西道路を走行する車両の有無、動静を確認し、発進直後に急制動の措置をとることにより後方車が追突する危険を回避すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失がある。

両者の過失を比較すると、後方車の運転者である被告の過失が重大であり、過失割合は九対一と認めるのが相当である。

二  受傷の有無及び要治療期間

1  治療経過

証拠(甲三ないし五、一〇の1、2、乙一ないし四、原告、被告)によれば、治療経過等は、次のとおりと認められる。

(一) 原告は、本件事故当日である平成三年九月二日から平成四年八月三一日まで末原外科病院に通院し、治療を受けた(実通院日数二七四日)。その間の原告の主訴、症状の推移は、概要、次のとおりである。

原告は、吐き気、左上肢の倦怠感を訴え、根性腰痛症と診断され、腹部支持バンドを支給され(本件事故当日)、左上肢がピリピリすると訴え(平成三年九月九日)、左上肢の痛みとしびれとが生じ(同年一〇月一二日)、左上肢がやや軽快し(同年一一月一五日)、頸痛、骨尺部領域にしびれが生じ(同年一二月一一日)、腰痛はやや軽快したが、頸部をさわると左尺骨及び正中神経に疼痛が生じたものの、浮腫はとれ(同月二六日)、仰臥位で寝ていると左尺骨神経領域にしびれが生じ(同月二八日)、左握力が低下したが、症状は軽快し(平成四年二月二九日)、左握力が低下し、物を落とすようになつたものの、腰痛が次第に改善した(同年八月三日)。

(二) 他方、原告は、平成二年一月二六日から平成六年一月五日まで、吹田市民病院に月一回の割台で通院し、治療を受けていた。その間の病状の推移は、次のとおりである。

原告は、身長は一七〇センチメートルであり、体重は、かつては一三〇キログラムあつたが、本件事故前、七八キログラム以下となり、血圧は、最大一六〇最低一〇〇を示したことなどから、本件事故前から糖尿病の薬であるSU剤の投与を受け始めた。原告は、、昭和六二年一月一四日、昭和六三年一一月四日の各検査時に、血糖値がそれぞれ二〇七、二三七と、正常値(六五ないし一〇〇)の倍以上の数値を示し、平成三年一月三一日の検査でも、血小板数等が正常値の六倍ないし一〇倍近くの値を示し、また、時期により、炎症反応を示した。そのため、原告は、降圧・利尿剤であるアルダクトンA、血圧下降剤であるアルドメツト、糖尿病用剤であるダオニール、心臓選択性β遮断剤であるテノーミン、抗血小板剤であるパナルジン、高血圧症治療剤であるワイテンス等の投与を受けた。しかし、原告は、平成四年八月一七日ころ、右頭痛、言語障害、複視、一過性脳虚血発作が生じ、平成六年一月五日、糖尿病薬であるダオニールを朝一錠飲むと頭痛がすると訴えるなどした。

一般に、糖尿病に罹患し、増悪した場合、神経障害が合併し、血糖コントロールの悪化に伴い、糖尿病の急性症状である多尿、口渇、多食などと同時に、足先、手先のしびれ感、自発痛などが生ずることが多いとされている。

2  当裁判所の判断

右認定事実によれば、原告は、本件事故後、当初、吐き気、左上肢の倦怠感、ピリピリ感を訴え、根性腰痛症と診断され、腹部支持バンドを支給され、左上肢がピリピリすると訴え、左上肢の痛みとしびれを訴えていたが、事故後約二か月半を経過した時点で、左上肢がやや軽快したと言い、事故後約三か月余り経過した時点で、頸痛、骨尺部領域にしびれが生じたと訴え、その後、軽快と悪化とを繰返しながら、腰痛が次第に改善し、左上肢で持つと物を落とすようになつたなどの経過をたどつているところ、右のうち、腰痛は根性腰痛症であつて本件事故前から存していたことが明らかであり、前記事故態様を考慮すると、仮に同事故による増悪があるとしても著しいとは考え難い。

また、原告は、本件事故前から平成六年一月五日まで吹田市民病院に糖尿病の治療のため通院していたところ、体重が著しく減少し、頭痛、言語障害、複視、さらに一過性脳虚血発作が生じ、血糖値も正常値の倍以上、血小板数も正常値の六倍ないし一〇倍近くの値を示し、炎症反応が生ずるなど、決して軽くはない糖尿病に罹患していたことが認められるから、原告の前記症状には、合併症として足先、手先のしびれ感、自発痛などの神経症状による影響が含まれていると考えられる(もつとも、前記吹田市民病院での診療録(乙二)に、かかる神経症状が生じたことを示す記載はほとんど見当たらないから、前記左上肢等の神経症状が主として糖尿病によるとまでは断定できない。)。

これらに、前記(第三、一、1)のとおり、本件事故態様は、被告車が低速度で追突したことにより、原告車が数一〇センチメートル押出されたものであることを合せ考慮すると、原告の本件事故後の症状には、既存の根性腰痛症、糖尿病による心理面・肉体面に対する影響が相応の割合を占めていたと考えざるを得ない。

したがつて、本件事故後の症状による損害の全てを被告に負担させるのは、損害の公平な分担の理念に照らし相当ではないので、過失相殺の規定を類推し、後記本件事故による損害からその三割を減額するのが相当である。

三  損害(算定の概要は、別紙計算書のとおり)

1  治療関係費(主張額四〇万五三六〇円) 三六万五三六〇円

前記のとおり、治療費に関し、原告が六万三六〇〇円を負担し、その他自賠責保険支払分三〇万〇二六〇円を負担したことは当事者間に争いがなく、証拠(甲六)によれば、原告は、本件事故により、診断書料として一五〇〇円を負担したことが認められる。

原告は、右の他、温泉治療費、鍼治療費の費用を負担したと主張するが、右支出及びその必要性を認めるに足る証拠はない。

2  通院交通費(主張額一三六八〇円) 〇円

右主張を認めるに足る証拠はない。

3  休業損害(主張額五四〇万円) 一七三万八八五五円

原告は、月収として四〇ないし五〇万円の収入を得ていたと主張する。しかし、当法廷での原告の供述によれば、右額は荒取り(売上げ額)であり、経費を含む金額とのことであるから、右額をもつて所得額と解することはできない。

証拠(甲九、一二の1、2、原告)によれば、原告(昭和七年三月二八日生、本件事故当時五九歳)は、尋常高等小学校を卒業後、空港での郵便物の仕分け等の職を経て、植木屋の仕事を営み、平成二年度の所得として一三〇万二〇〇〇円、平成三年度の所得として一四六万二七〇〇円を申告したことが認められる。

右申告額につき、原告は、裁判官の質問に対しては正確な額を申告したとしながら、その後にされた原告代理人の質問に対しては実際はより多額であり正確ではなかつたと述べ、一貫した供述をしない。本件事故の年である平成三年の貨金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・小学新中卒・男子労働者の五五歳から五九歳までの平均貨金が四八〇万八二〇〇円であることは当裁判所にとつて職務上顕著な事実であるところ、申告所得額は、真実の所得額より低額であることが多いことに右原告の供述態度を合せ考慮すると、原告の本件事故当時の収入は、右申告額よりは高額であるものの、右平均貨金より相当低めであつたものと解され、右額の六割に当たる二八八万四九二〇円(4808200×0.6)が相当と認める(一円未満切り捨て、以下同じ)。

前記(第三、二、1、(一))のとおり本件事故当日である平成三年九月二日から平成四年八月三一日まで末原外科病院に通院し、治療を受けた(実通院日数二七四日)ところ、原告の労働能力喪失の程度を判断すると、原告は、本件事故後約二か月半が経過し、左上肢の症状がやや軽快するなどの改善が生じた平成三年一一月一五日までの七五日間は、労働能力を完全に喪失し、その後、平成四年八月三一日までの二九〇日間は、労働能力の五〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

したがつて、原告の休業損害は、次のとおりとなる。

2884920÷365×(1×75+0.5×290)=1738855

4  慰謝料(主張額一五〇万円) 八〇万円

本件事故の態様、原告の受傷内容と治療経過(実通院日数二七四日)等、本件に現れた諸事情を考慮すると、原告の入通院慰謝料は八〇万円が相当と認める。

5  小計

以上の損害を合計すると、別紙計算書のとおり、二九〇万四二一五円となる。

四  過失相殺、損益相殺、損害の填補及び弁護士費用

1  前記のとおり、過失相殺(第三、一、2)として、本件事故により生じた損害から一割を減額し、さらに素因減額(第三、二、2、過失相殺類推)として三割を減額すると、残額は別紙計算書のとおり、一八二万九六五五円となる。

2  前記第二、一、3のとおり、本件事故により生じた損害に関し、一一六万九九六〇円が填補されたから、前記損害残額から右を控除すると、残額は六五万九六九五円となる。

3  本件事案の内容、審理経過、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用は七万円と認める。

五  結論

以上の次第で、本訴請求は、別紙計算書のとおり、七二万九六九五円の限度で理由がある。

(裁判官 大沼洋一)

計算書交通事故現場見取図

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